line家出掲示板

LINE家出掲示板って知ってますか?
これはメッセージと一緒にLINEIDを載せる掲示板で、友達や遊び相手を探したりできるものです。

現在様々な種類の掲示板があり、ネットで見るもの、アプリで見れるものなどがあります。
中には高校生限定、なんていうのもあり、そんな風にユーザーを限定してもそれなりに書き込みがあるくらい利用者の多いツールなのです。
そんなLINE家出掲示板ですが、なぜそんなに勢いがあるのでしょう?

理由は簡単で、めんどくさくないから。

例えばSNSで出会ってオフで会おう、あるいはグループチャットをしよう、となったとき、最終的にはメールアドレスかLINEIDを交換しますよね?
LINE家出掲示板を使えば、アドレスやIDを交換するまでもなく気の合う相手と繋がることができます。


また、そもそもSNSのなかには連絡先の交換を規約で禁止しているものもあります。
それもLINE家出掲示板なら問題なし。 そしてユーザーも、連絡先(ID)を最初から載せているので、他のSNS出ありがちな、「仲良くなったのに規約を盾に連絡先を教えてもらえない」ということもありません。

これらは仲良くなったらマメに連絡を取りたい、あるいはオフで会いたいという方には大きなメリットです。
ところが、こんな便利なものでも、デメリットはあります。

まず1つ目が、IDを家出掲示板に直接載せるという問題。
どういうことかというと、誰でも見られる掲示板に自分のLINEIDを載せることによって、いたずらメッセージが届いたり、もし何らかの方法でパスワードが漏れたらアカウントの乗っ取り(!)なんてこともありえるのです。

これは中々キツいです。
なにしろスマホユーザーは「メールはあまり使わない、メインの連絡手段はLINE。」という方も多いはず。 そんな中でメインの連絡ツールが乗っ取られると言うことは、知人への連絡もままならなくなるわけです。
これの解決策としては、発信者ではなく受信者になること。
掲示板への書き込みは控え、趣味の合いそうな人を掲示板で探すだけにとどめれば少なくとも不特定多数にIDを晒さずにすみます。
そしてもう一つの問題はそもそも家出掲示板に業者が潜んでいることも多々あると言うことです。
主に男女の出会いを求める掲示板で、「仲良くなったら出会い系サイトに誘導された」「会ってみたら実は業者の人間で勧誘or営業をされた」などという話があります。

こちらの解決方法としては、IDを交換した後、とにかくLINE以外のアプリやサイトに勧誘されたら即ブロックしましょう。
また、いきなり「あなたが運命の人よ!結婚しましょう!指輪買いましょう!」なんて言われたら(実際知人がそんな営業をかけられたそうです/笑)距離を置きましょう。

いかがでしょうか?
LINE家出掲示板もデメリットとその対策さえ頭に入れておけばとても便利なものです。
マイナーな趣味の友達を見つけたり、飲み友をふやしたりと、うまく活用して楽しんでいただければ幸いです。家出掲示板


学校登校拒否をして現実から逃亡


・家出に至ったきっかけ

家出をした当時は中学校3年生で学業の成績も悪く部活でも大した活躍も出来ず、更にはいじめにもあっていました。学校に居場所が無くなった為不登校気味になっていましたが、両親はそれを許さず無理矢理にでも登校をさせている毎日に嫌気がさした為です。


・家出をするための準備として
現金の確保の為に近くの酒屋でアルバイトをさせてもらったり親戚の自動車整備工場でアルバイトをさせてもらったり等して現金を貯めました。キャリーケース等の家出の時に必要になるものを休みの日に少しずつ買っていき両親に気づかれないように準備をしていきました。

・家出中の生活

家出中は昼間は公園や商店街をうろついて時間を潰して夜になったら人気の無い場所で寝泊まりをする日々が続きました。風呂に関しては全て銭湯を使用していましたので不潔な生活では無かったという事を覚えています。食事に関してはコンビニやマック等といった場所で済ませていました。時々友人と連絡を取って食事に行く事も有りました。
荷物については駅のコインロッカーを使用して手ぶらで行動していましたのであまり不審がられずに済みました。
手持の現金が少なくなると出会い系を利用してお金を稼いだことが有りました。
とにかくいじめも無く自由に行動しても文句は言われないし自由を噛締める様に毎日を過ごしていました。

・家出中のトラブル

とにかくヤンキーに絡まれる事が多かったです。喧嘩に明け暮れる事も多く、ボコボコになる事もありその度に生活をする場所を変えていきました。
荷物の窃盗に合ってしまい身元がバレる事を恐れて被害届を出せず泣き寝入りしてしまった事も有りました。

・家出生活の終焉

家出生活が2ヶ月過ぎた時に風邪を拗らしてしまい肺炎になってしまいました。病院に行く事で身元がバレる事を恐れ放置した結果道端で倒れてしまい救急車で搬送されました。
(後から聞いた話ですがその時に1度心停止して蘇生処置を受けていたそうです)
入院するにも身元が分からないという事で病院側が警察に届けを出してその時初めて両親が捜索願を出していた事が分かり両親へ連絡が入る事態になりました。
そして2か月以上ぶりに再会する事になりました。

・再開時の反応

私自身は怒られる事を恐れていました。しかし両親共々ストレスですっかりやつれていました。涙を見せた事の無い母親が無事で良かったと号泣し、父親も私の手を握って無言で泣いていました。その時にとんでもない事をやってしまったのではないかという後悔の念で私も泣くのを止められませんでした。

・家出生活をして思った事

家出中は誰にも頼る事が出来ずに辛い思いも結構経験しましたが今となってはいい経験だと割り切る事が出来ます。現在も仕事等で辛い事が有ってもあの時を思えば屁でもないと頑張れます。
家出をした後に思った事は両親は私にしっかりと愛情を持っていたと感じた事でした。私自身が勝手に薄情な両親という思い込みをした事で悩みを相談できなかった事が家出をした原因の一つだと反省しています。今は両親と他愛もない話や勿論悩み等を聞いてもらっています。家出をした後にやっと家族らしくなったのかもしれません。 未だに思う事は普段は泣かない両親を号泣するまで追い詰めてしまった事は心に引っかかっています。この気持ちを忘れないことが両親に対する贖罪だと思っています。

居場所がないと感じました

学生の時に、クラスの人から無視をされたことがあります。
理由はよくわかりませんが、リーダーのタイプから気に入らないと思われたことが原因でした。
おそらく一人から嫌われただけなのですが、周りにいる友人達も同じように仲間となって、私のことをいない存在のようにしました。
私はどうして良いのかわからなかったし、誰にも相談する人がいなかったのです。
先生には相談したけれど、その場だけで謝られただけで何も変わりませんでした。
これが、よくあるイジメなのだと思いました。 自分には何か原因があるわけでもないし、よくわからなかったです。
もしかしたら、何か原因はあるのかもしれないけれど、リーダーの人が指示したとしか思えません。
人間の理不尽さが嫌になり、学校を休みました。
先生は心配してくれたけれど、両親は学校へ行くことを強要してきたのです。
学校を卒業していなければ、良い大学や良い会社に入れないと思ったのだと感じます。
でも、私はとにかくその場から逃げ出したかったのです。
努力しても自分を受け入れてくれない場所になんて行きたくなかったし、理不尽なイジメに耐えたくありませんでした。 こんなにも弱い自分なのだと思うことが嫌だったし、もう死んでしまいたかったです。
両親は少しは休んで良いけれど、学校は卒業してほしいと言ってきました。
こんなにも悩んでいるのに、世間体を気にしているのだと感じたのです。
学生だから、一人で生きていく力がありません。
私は、とにかくこの場所を出て、生きていくしかないのだと感じました。
学校は無断で欠席しようと決めたのです。
私は、家出をすることにしました。
行き先はその時に付き合っていた彼氏の所です。
私には、彼氏の所しか行く場所はありませんでした。
両親にも行き先は伝えずに家を出ました。
正直に言えば、男の場所に行くなんて危ないと思われます。
しかし、私は学校と自宅以外であれば、どこでも良かったのです。
そのくらい、気持ちが追い詰められていました。
行き先が一つだけでもあって良かったと安心したのです。
彼氏は受け入れてくれたし、色々な話を聞いてくれました。
1週間は帰らなかったけれど、両親から何度も電話が鳴ったことを覚えています。
私は、友達の所に行くから問題はないと伝えました。
両親は1週間も帰らないので、心配したと思います。
泣きながら自宅に帰るようにお願いされたので、その日に帰ることにしました。
学校の友達からも謝罪のメールが届き、行くことに決めたのです。

恐怖をうえつけられた思いが今、爆発!

実家で暮らすことに、いや父親と一緒に暮らしいること、接することにものすごくストレスを感じながら生きてきた私。
私の仕事は当時、物流会社の事務で毎日午前様になるほどの超過勤務で私にとってはもっての幸い、親と顔を合わせなくてもいい日々が続いていたのである。さらに仕事が休みの週末は彼女とのデートとウソを言ってでも外出をして父親と顔を合わせない生活をずっと続けていた。 なぜそのような心持ちになってしまったかと言えば幼い頃の厳しいしつけに原因がある。子供からすれば多少なりとも父親は怖い存在であると思うが私の家の場合度を超えていたのである、少なくとも私には。
父親に私は「恐怖」を感じ、それを心の奥底までうえつけられた。それからは良好な関係を保っているように見せつつ、心の中ではいつも恐怖を、畏怖を感じて暮らしてきたのである。
月に何度かしかお互い顔を合わせない日々で、なんかとか私の自律神経は正常に保たれていたが、ある日父親と傍から見れば大したことではないほんのちょっとした出来事でケンカになり、私の心は爆発した!

そして、家出となった。

家を出る準備を実は前々から少しずつ準備はしていたのである。いつこのよう心の爆発が起きても不思議でなかったので本音としては、この時期到来、なんて気持ちもチラリと見えた話でもあった。
会社にはインフルエンザになってしまったからしばらくの間仕事に行けないと休みを取り、最初の一週間、私は北海道に行った。一度でいいから北海道に行きたいと前々から思っていた。
北海道では忘れられない経験が二つできた。今まで食べたことがないような味のサーモンを函館駅前のすし屋で食べた。あんなにうまい寿司は生まれて初めてだった。もう一つは北海道の道路を走れたこと。内地のそれとは全然違う風景を眺めながら走る北海道の道はすばらしかった。

地元に帰った私は家には戻らず、不動産屋を渡り歩き、いい物件を探し、決めてから実家に戻った。当然親は激怒すると思っていたし、勘当も覚悟していたが、その反応は冷静で、そんなにこの家が嫌なら、父親が嫌なら家を出ろとあちらの方から提案があった。 自分としてはちょっと予想外の対応にびっくりしたが、こんなうれしいことはない。心では舌を出しつつ、そのまま家を出て、今のアパート暮らしが始まったのである。
何かを行動しないと、口にしなければその人がどう思っているのかわからない、この家出は私にそんなことを教えてくれた。

そんな親ももう80歳を超えた。結婚もした私は親の世話は最後まで自分のできることは精一杯やろうと心に決めて、毎週末家事の手伝いに余念がない。
家出体験談